横浜Fマリノスに届け from島根

島根生まれ、島根育ち、島根在住のマリノスサポのブログ

心臓の音が聞こえた日

2003年2ndステージ最終節。
その時点で、2ndステージ優勝の可能性を残すチームは4つありました。

(左からチーム名・勝点・得失点差)
磐田・26・+6
鹿島・24・+2
横浜・23・+9
市原・ 23・+4

横浜はホームで磐田と。
鹿島はアウェイで浦和と。
市原はアウェイで東京Vとの試合。

横浜Fマリノスの優勝のためには、
1:首位の磐田に勝ち
2:鹿島が浦和に引き分けか負け
3:市原に得失点差で並ばれない
この3つの条件が必要と認識していました。

私の頭の中では、現実的に考えて市原に得失点差で上回られることはないと思っていました。
従って、優勝は3チームに絞られたと考えていました。
Jリーグは1996年から2002年まで、年間チャンピオンは磐田と鹿島の2チームしかありませんでした。
その2チームと最終節まで優勝争いができることをとても誇らしく感じていました。
そして、マリノスは1stステージを優勝しチャンピオンシップの出場権を得ていたため、2ndステージの優勝を逃しても・・・、いう余裕の気持ちもありました。

私は、NHKで放送される横浜-磐田の試合を、当時一人暮らしをしていたアパートで観てました。



横浜国際総合競技場(現日産スタジアム)の試合が始まりました。

試合は早々に動きました。
前半2分、磐田のグラウ選手の先制ゴールでした。

そんな状況の中、マリノスは更に追い込まれることとなりました。
GKの榎本哲也選手が乱暴行為でレッドカードを受け退場になりました。
GK下川健一選手が交代で入ります。代わりにベンチに退がる佐藤由紀彦選手の表情が今でも忘れられません。

前半15分にして、1点ビハインド、退場で10人、GKに交代枠を使うという厳しすぎる状況に追い込まれました。
前半は0-1で終えました。

また、浦和-鹿島の試合は前半が終わって0-2で鹿島がリードしていました。



後半5分。マルキーニョス選手のゴールでマリノスは同点に追いつきました。
しかし、この時点でも磐田が最も優位なことには変わりありませんでした。
横浜Fマリノスは逆転ゴールを奪いに行きます。

画面では後半から雨が強くなっている様に感じました。
雨で濡れたピッチ。
1人少ない人数。
疲労の溜まったシーズン最終戦
相手は、昨シーズン両ステージ制覇を成し遂げたジュビロ磐田
できるプレーは限られていたのかもしれません。
連動した動きや華麗なパス回しはありません。
だからこそなのか、シンプルに何度もゴールに向かって攻め続ける姿、体を張って守る姿に心を打たれます。
奥選手が溜めを作りパスを供給していきます。
ダブルボランチペナルティーエリア付近まで、積極的に顔を出します。
ドゥトラ選手が何度も左サイドを駆け上がり、クロスを送ります。
2トップはそのボールに先に触ろうと体を投げ出します。
手薄になった守備も、自慢のDF陣が失点を許しません。
1人少ないのが嘘の様な試合展開でした。

そんな中、朗報が飛び込みました。
浦和が1点を返して1-2となりました。
しかし、何故かその朗報にあまり心は動きませんでした。
浦和が同点に追いつくことを期待できなかったわけではありませんでした。
私の心は画面の中で戦う横浜Fマリノスの選手たちに集中していました。

私は、心の中で横浜Fマリノスの選手たちにエールを送り続けました。
いつもなら、
「もっと上手くやれよ」
「何やってんだよ」
という言葉が出てくるプレーにもこの日は違いました。
「まだ時間はある」
「もう一回チャンスは来る」
「諦めるな」
「頑張れ」
前向きな言葉が次々と浮かんできました。



テレビ画面はロスタイム(現在の言い方だと「アディショナルタイム」)3分の表示板を映していました。
その直後、横浜Fマリノスゴールキックから松田選手がゴール前にロングボールを送り、ワンバウンドしたボールに久保選手が合わせました。
ボールは相手GKの頭上を越えてゴールネットを揺らしました。
逆転ゴールが決まりました。
この時点で勝ち点が磐田と並び、得失点差の関係で磐田を上回りました。
スコアと同様に立場も逆転しました。
磐田が中山雅史選手を投入し、ゴールを奪いにきます。
横浜Fマリノスは必死に守ります。
3分という時間がとてつもなく長く感じました。



試合終了を告げるホイッスルが鳴りました。
劣勢を跳ね返した逆転勝利を喜びました。
それと同時に、少し冷静な自分もいました。
「チャンピオンシップは鹿島とか・・・」
素人なりにですが、鹿島には磐田と違った種類の強さがあると感じていました。
2000年のチャンピオンシップでも鹿島に負けています。
2ndステージは磐田に優勝してもらってチャンピオンシップも磐田が相手の方がよかったなと考えてしまいました。

しかし、そんな冷静な感情は一瞬のうちに吹っ飛びました。

「鹿島同点に追いつかれています!」
実況がそう告げます。

心臓が音を立てて鳴り出しました。
その響きが、上半身全体に響き渡りました。
体が硬直した様に動きません。

画面は埼玉スタジアムの試合に切り替わりました。
実況が限られた時間で戦況を伝えようとしています。
ロスタイムの同点弾のようです。
画面右下には横浜国際の映像がワイプで出ていました。
選手たちが、岡田監督が斜め上空を見上げています。
恐らく、スクリーンを見ていたのでしょう。そこに、どういう映像が映っていたのかはわかりませんが、鹿島の試合に関することだと推測していました。
鹿島が引き分けに終わることを祈り続けました。

画面では鹿島の選手がピッチに倒れこみました。
実況が引き分けで試合終了したことを伝えます。
画面はすぐさま横浜国際に切り替わりました。
岡田監督がガッツポーズでピッチに走り出します。
中澤選手がスタッフに飛びつきます。
ピッチの中央で選手、監督、スタッフが喜びを爆発させています。その顔は、雨か汗か涙がわからないものでクシャクシャになっていました。
ピッチの端では榎本哲也選手が膝をついて号泣していました。直ぐそばには、慰める榎本達也選手がいました。

いつの間にか、私の心臓は音を立てるのをやめていました。
2003年のJリーグ横浜Fマリノスの両ステージ制覇による完全優勝で終えました。





テレビ中継終了後、私は予定していた買い物に出かけるため家を出ました。
しかし、玄関を出て少し考えた後、外出をやめました。
私の住む街でもいつの間にか雨が降っていました。
でも、理由はそれだけではありませんでした。
私は現実に戻ることを嫌がっていました。
逆転優勝の余韻に浸っていたい気分でした。
部屋に戻ると、いつもの5.5畳のワンルームがありました。
しかし、そこには激闘の余韻が確かに残っていました。

その日、私は録画したこの試合を何度も何度も観ました。





約14年前の出来事ですが、当時の記憶がいまだに残っています。(部分的に間違って記憶している可能性は否定できませんが。)
それぐらい、私にとって衝撃の出来事でした。
テレビ観戦にも関わらず・・・。

もし、その瞬間を現地で迎えることができたら
私はどうなってしまうのでしょうか。

それを確かめたくて、
私は横浜Fマリノスを応援し続けているのかもしれません。





PS:Jリーグの公式チャンネルにこの試合の映像がアップされています。
もしよければ、ご参考までに。



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島根、ブログやめるってよ

と言うことで、ブログをやめることにしました。

次回のブログを最後にしたいと思います。

やめる理由ですが、
・当初から長く続けるつもりはなかったこと
・自己満足という目的を果たすことができ、楽しい状態で終えられると思ったから
です。

自己満足を果たしたということは、5月6日のブログにも書いたように、取り分けておいた気泡を使い切ったということです。
今後も、新しい気泡が浮かび上がってくる可能性もありますが、それの扱いは別の方法を考えます。

それと、楽しい状態で終えられるタイミングが今なのではないかと思いました。
自己満足で始めたブログです。副業でもなんでもありません。義務感や産みの苦しみが発生するまでに終えたいと考えていました。



今から約3ヶ月前、ブログを始めようか悩んでいました。
ブログやSNSは読む専門でした。
私の思いをブログに上げたところで一体なんの意味があるのか考えたりもしました。
また、ちょっとしたことで炎上したり、誤投稿でトラブルになったりするのではないかと思いました。
ですが、今はこのブログを始めて本当によかったと思っています。
確かに、自分自身の文章力のなさに呆れたり、アクセス数が頭打ちになり悩んだこともありました。
ですが、自分の感情をブログに載せることが精神衛生上プラスに働いたと思っています。
なんでも書いていいわけではありません。一線を超えないように気を使ったつもりですが、自分の思いを外に出すことができ、それによって自分の思いを整理することができたと感じております。
このブログは得失点差が大幅なプラスで終えることができました。



今まで、私のブログを読んで下さった皆様

本当にありがとうございました!!!

今後は、ブログを始める前と同じ様に、皆様のブログを楽しみたいと思います。





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島根で生まれ育ったからこそ

もう2週間以上前の話になりますが、大和市がホームタウンが追加されたようですね。

ホームタウン3市の人口が4,363,702人ですか!すごい数ですね!
ちなみに、私の住む島根県の人口は・・・、
約68万人(平成29年4月1日現在)
面積は横浜市の約15倍なんですが。
もう、笑うしかありません。



時々、都会で生まれ育っていたらどんな人生だったんだろうと妄想することがあります。
私が中高生の時、田舎コンプレックスを抱えていました。強烈な都会への憧れがありました。
憧れと言っても、そこに親戚がいるわけでもなく遊びに行った経験も有りません。
唯一の都会経験と言っていいのが、中学の修学旅行で京阪神地方に行ったことぐらいです。
ですので、都会がどういうとこで何ができるのかもよくわからないまま、漠然と憧れを抱いていました。
ただ、私が特別ではなかったと思います。大小の違いはあるものの、周りの同級生も似たような感情を抱いていたと思います。



私は自称マリノスサポーターですから、横浜出身だったらと地域を限定して妄想することもあります。
「平日開催の試合にも行けるのかな?」
「ホームゲームは行った試合数よりも行けなかった試合数を数えてたのかな?」
「年チケ会員になっていたのかな?」
「ふれあいゾーンでサインなんかもらったりして」
もちろん、これらの妄想は島根に住んでいても実現可能なものだと思います。仕事とお金の問題さえクリアできれば不可能ではありません。
なので、田舎者の軽い嫉妬だと思っていただければ幸いです。

ただ、最近こんな妄想にもわずかながら変化が出てきました。
「横浜で生まれていたらマリノスサポーターにはなっていなかったのではないか?」と。
Jリーグ元年、横浜にはフリューゲルスがありました。同じ神奈川県内にはスター軍団のヴェルディもいました。
変わり者の私のことです。周りがマリノス、フリューゲルなら、自分はガンバ、あるいはサンフレッチェと思ったかもしれません。現に、私が応援しているプロ野球チームはそういう経緯でファンになりました。
Jリーグが誕生して25周年の今シーズン。Jリーグクラブの数は大幅に増えました。その中でも、首都圏には多くのJリーグクラブが存在します。何かの拍子で、他クラブのサポーターに乗り替わっていたかもしれません。
いや、そもそも横浜に生まれたらサッカーに興味を持っていなかったかもしれません。大都市である横浜には恐らく多くのエンターテインメントがあると思います。その中から、サッカーに興味を持てたかというとわからないと思います。



最近の私は
「島根で生まれ育ったからこそ、マリノスサポーターになった。」
と考えるようになりました。

そして、マリノスサポーターになって本当によかったと思っています。

微力ではありますが、
今後も島根から横浜Fマリノスに思いを届け続けたいと思います。





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世界一

『六月の勝利の歌を忘れない』
という、DVDをご存知でしょうか?

このDVDを簡単に紹介すると、2002年日韓ワールドカップの日本代表が宿舎に集合してからトルコ戦に敗れるまでの舞台裏を映像化したものです。
ミーティングや試合当日のロッカールームなど真剣な場面から、宿舎でリラックスした時間を過ごす選手の姿まで幅広く収録されてます。
私は時々このDVDを見返すのですが、歴代のワールドカップメンバーの中でも、一二を争うほど好きなのが日韓大会のメンバーです。

このDVDは特別な演出もなければ、インタビュー形式もなく、ただ単にそこにいる選手や監督、スタッフを撮影しているだけです。ただ単にという言葉を使ったので悪い意味に取られるかもしれませんが、だからこそ自然なものを見ることができ、私にとってはとても価値あるDVDになっています。

そんなDVDですが、当然、存在感のある選手や目立った言動をする選手の方が画面に映る頻度が多くなります。
中山雅史選手、中田英寿選手、小野伸二選手の姿が映る頻度は特に多いです。
画面に映る回数や時間を計測したわけではありませんので、あくまでも私の印象です。
そんな、選手と共にトップクラスの存在感を放っているのが松田直樹選手です。
松田選手は、この大会のメンバーで唯一のマリノスの選手です。
マリノスサポーターである私は自然と松田選手の姿に目線が行き、その結果、強い印象として残っているという可能性は否定できません。
ですが、それを差し引いても、個性派ぞろいの日本代表メンバーの中にいても存在感のある選手だと思いました。

そういえば、大会直前に観たTBSのスーパーサッカー(だったはず)という番組で、松田選手が代表選出の記者会見を受けている映像が流れていました。
そこで、松田選手が
「選ばれなかったマリノスの選手のために・・・」
と言って、涙を流していました。
あの、姿が忘れられません。

更に、この大会以後、ヘアバンドをする選手が急増したような気がしていますが、私の中では、松田選手がその走りだと勝手に思っています。笑
それに憧れた私は、100円ショップでヘアゴムを買い、頭の大きさに長さを調節して自作のヘアバンドを作りました。
ヘアバンド姿の私をを鏡で見たところ・・・、結果は言うまでもありません。
人間って不平等な生き物ですよね。笑



話をDVDに戻しまして、その中で松田選手の印象に残っているシーンがあります。
ミーティング中の真剣な眼差しや、戦術面に関するであろう刺激的な発言、メンバーと談笑するオフの時間。そして、「出しちまったぜ!」という名言は今でも私の口癖となっています。笑
その中で、最も印象に残っているのが、中田英寿選手とのやりとりです。
同い年である2人はユース年代から世界を相手に戦った仲で、4年に1度の開催で23歳以下の年齢制限があるオリンピックにアトランタシドニーと2大会に出場しています。
マスコミによって作られたイメージかもしれませんが、中田英寿選手は実力もチームトップクラスで存在感もある反面、とっつき辛く、周りが遠慮してしまうような選手という印象がありました。
そんな中、松田選手は中田選手にどんどん絡んでイジっていきます。年長者の中山選手や、秋田豊選手がいじるのとは訳が違います。お2人の笑顔がとても印象的なシーンです。

私は、戦術的な話をしているわけでもない、トレーニング中の映像でもないそのシーンを、最も再生していると思います。



歴代のワールドカップメンバーの中でも、一二を争うほど好きな日韓大会のメンバー。

その中には、世界一好きなサッカー選手がいました。





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堅守

『堅守』
横浜Fマリノスを語る上で欠かせないキーワードだと思います。
1999年当時、中学生3年生だった私がマリノスを応援することにした理由の一つとして、守備が堅いというイメージがあったからです。と言っても、あくまでもイメージでした。
私のサッカー観戦の歴史は前年のフランスワールドカップから始まりました。
その代表メンバーには、井原選手、小村選手、川口選手とマリノスの守備陣が名を連ねていました。
マリノスは守備が堅いというイメージを持ったのも、
日本代表のDFとGKがいる=守備が堅い
という単純な考えからでした。
とても浅はかな考えだと思いますが、今考えると、あながち間違ってもいなかったのかなと感じています。



私は、小中学校とバスケ部に所属していました。
小学校の頃は、全国的に見たらレベルの低い島根県内の1地区にすぎませんが、地区内では良い成績を収めることができました。平均身長も低く、絶対的なエースもいなかったチームでしたが、その割に良い成績を収めることができたのは全員がディフェンスを頑張るチームだったからだと思っています。

中学でもバスケ部に所属した私は、そこでもディフェンスを大事にする顧問の先生に出会いました。
その先生の
「オフェンス力の向上には身長や足の速さといった才能も必要だが、ディフェンスは努力したぶんだけ上手くなれる」
という言葉は今でも覚えています。
チームメイトや他校の部員と比べると、身長が平均より少し高いぐらいで身体能力では劣っていると感じていた私は、その言葉を鵜呑みにして、今まで以上にディフェンスの練習に力を入れました。
弱小校の4〜7番手の選手でしたが、ある程度試合に出させてもらったのはディフェンス力を期待されてのことだったと感じています。

そんな私ですが、初対面の人にバスケ経験者であることを話すと、
スラムダンクだと誰のポジション?」
と、言われることがあります。
そんな時、決まって
「ディフェンスに定評のある池上です!」
と答えます。
正直、ネタにしている部分もありますが、結構本気で言ってるんですけどね!笑
(池上さん。ネタにして申し訳ありません。)



そんな経験からか、サッカーでも守備が堅い、あるいは守備を頑張る選手やチームに注目してしまいます。
もちろん、一言で守備といってもサッカーとバスケでは内容がかなり異なると思います。
また、自らの部活の経験とプロ選手のそれを一緒にもできません。私の努力なんか、プロ選手のそれと比べると努力のうちには入らないでしょう。
ただ、その経験が少なからずマリノスを応援し続けている理由にもなっています。



私が、自称マリノスサポーターになって19年目の今シーズン。
気がつけば、年上の選手は中澤選手と栗原選手だけになってしまいました。
2人ともマリノスの伝統、『堅守』の象徴です。
今後、それがどのように受け継がれていくか。
試合結果やチームの成績とともに、
伝統の行方にも注目していきたいと思います。





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泡のように・・・

私は、マリノスサポーターの皆様が書くブログを読むのが大好きです。

プレビューやレビューは大変興味をそそられます。
観戦記は自分では観ることのできない視点からその試合を知ることができます。
戦術論は私の財産となって蓄積されていきます。
他にも、選手の近況やスタジアム周辺のグルメ、サポーター仲間やご家族との話、筆者の方の思いなど、毎日楽しく拝見しております。

私のブログも皆様にとってそんな存在になれたら嬉しいのですが、それはできません。
と言うより、真似したくても真似できないと言ったほうが正しいでしょうか。
読み手の方にとって有益な情報と知識が、私にはありません。



では、私のブログはどこから来ているのか。
それは、日常の生活の中でふと湧いて来た感情を記事にしています。
上手く例えることができませんが、お鍋でお湯を沸かし、温度が上昇していくと気泡が浮かび上がってくると思います。
それと同じように、通勤中、仕事の休憩中、入浴中や就寝前など、ふとした瞬間にマリノスへの思いが気泡となって浮かび上がって来ます。
放っておけば、その気泡は浮かんで消えていき、いつかはその存在にも忘れてしまいます。
その気泡が割れないように別のお皿に取り分けておき、それを時間のあるときに形を整えて公開しているのが私のブログです。
そんな気泡ですので、内容は今までマリノスに抱いていた思いや、昔の思い出話がほとんどです。
したがって、読み手の方に有益なことは一切ありません。
良くて、暇つぶしのネタ程度でしょう。



過去の記事にも書きましたが、このブログを始め、続けているのも主に自己満足のためです。
しかし、一部ではありますが、私の思いを発信したいと言う気持ちも少なからずあります。
このブログでは日別と時間別のアクセス数を見ることができます。
その数字が多いのか少ないのかは分かりませんが、私は変なところでポジティブ思考が働くようで、そのアクセス数を真に受けてブログを更新してきました。
私のブログが皆様の暇つぶしの役に立てているのであれば幸せです。

つまり、自己満足で始めたブログですが、それを読んで下さる皆様のお陰で今日まで続けてこられたと思っております。

今日まで、私のブログを読んでいただきありがとうございます!



さて、そんな私のブログですが、
取り分けておいた気泡も残りわずかとなりました。

このブログも終わりの時が近づいてきたようです。





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まだまだ楽しめそうです

ルヴァンカップ甲府戦勝利!
やったー!!!

お陰で、カップ戦もまだまだ楽しめそうです。

横浜Fマリノスおめでとう!

そして、ありがとう!!!





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